おはようーさん!
どうも!ウーさんです!
今回も私の伝えたいことを紹介しようと思います。
前回の続きなので、まだ読んでない方はそちらも目を通していただきたいです!
「普通ではない」
普通の対義語はいくつか考えられます。
希少、奇抜、異常、特別、
「希少」だと希少価値と言うこともあり、聞こえが良いですが、「異常」だとネガティブな印象を受けます。
では、そもそも普通とはなんでしょうか。
希少の反対とすれば、少なくない、つまり多いもの、マジョリティのことでしょうか。
異常の反対とすれば、常である、いつでも同じであること、とでもいうのでしょうか。
私たちは普通を望みます。
私も、普通の生活がしたいし、普通選挙であってほしいし、普通科の高校を卒業しているし。
でも、普通が必ずしも良いとは思いません。
それぞれの人にアイデンティティがあって、別の人間なわけです。
スキマスイッチさんの『ハナツ』という曲の中に「姿かたちサイズも様々 真ん丸なのは一つも無いんだ」というフレーズがあります。
周りと同じである必要はないのです。
けれども、日本人は「普通」に対する依存が他の民族よりも強いような気がします。
それが悪いこととは思いません。れっきとした国民性なので。
私も統一感があったほうがいいとは思います。
学校の制服なども、その学校の生徒であることを表すものだと思います。
それでも、私は埋もれたくなくて、中学生の頃は、胸ポケットに某キャラクターのぬいぐるみを刺してみたり、カバンにストラップをジャラジャラつけてみたりしていました。
高校に関しては私服登校でしたが、肩に某キャラクターのぬいぐるみを乗っけて、アイデンティティを前面に押し出していました。
同じにはなりたくなかった。
「普通」との向き合い方は、これからの時代特に重視されるもので、個人としての尊重と、社会の一員としての立場との、バランスを取らなければなりません。
私は、普通を否定することはないし、希少を、奇抜を、特別を重視することもなく、異常を弾き出すこともなく、どんな生き方も、その人の人生で、正しいと捉えています。そうあるべきだと信じています。
それを、自分が普通じゃないことで、示していきたいです。
普通である必要なんてない。そう思えたら、もっと気楽に生きていけるのではいかな。
少し長くなりましたが、今回はこんなところにしておきます。
長くなるのも無理ないですよね。
溢れんばかりの想いがあるからこそ、まとまらないからこそ、詩にして音に乗せて歌っています。
そんな歌をいつの日か聴いてくれたら嬉しいです!
ということで、今回も伝えたいことのお話でした!
最後まで読んでいただき、本当にどうもありがとうーさん!